投資家・村上世彰さんの経歴とは?現在の生活は?

村上世彰(むらかみ よしあき)さんといえば
2006年の村上ファンド事件で、有罪判決を受けたイメージが強い方です。

現在は、テレビにも出演されています。
2017年には文芸春秋から「生涯投資家」を出版しています。

村上世彰さんはどのような経歴を歩まれたのでしょうか?
また現在の活躍をまとめてみました。

目次

  1. 村上世彰さんのプロフィール
  2. 村上世彰さん・村上ファンドを設立するまで
  3. 村上ファンドの設立
  4. 村上ファンド事件とその後の活躍

1.村上世彰さんのプロフィール

出典 https://cakes.mu/posts/18469

名前 村上世彰(むらかみよしあき)
生年月日 1959年8月11日
出身 大阪府大阪市
東京大学法学部卒業

2.村上世彰さん・村上ファンドを設立するまで

村上世彰さんは、台湾華僑の貿易商人、村上勇さんの次男として生まれました。
父の勇さんは、戦後日本国籍を取得しています。

小学生の時、父に小遣い廃止の代わりに、百万円を渡され
株取引を始めたそうです。

「サッポロビール株」が初めての株ということです。
村上世彰さんの投資家としての原点です。

どんな分野でもそうですが、適性ある分野で
小さいころから才能を磨いた人は強いですね。

ただ、今と違いネット取引ではありませんから、
証券会社と小学生が、どうやって取引していたのか
気になるところです。


そして、難関校のの灘中学校・高等学校へ進学します。

わが道を行く生徒だったようで、
学校行事には参加しない、
掃除も「やっている暇がもったいない」といい、
家に帰ってしまいました。

また「試験、受験は家で勉強したほうが効率がいい。」と
言っていたそうです。

自分の中の「効率」が行動の基準なのでしょう。
集団で受ける授業より、自分のしたい勉強だけをすればいい、
割り切っていたのかもしれません。


文系科目が苦手なため、一浪を経験
東京大学法学部へ入学します。

大学時代は、父の所有する高級マンションから
ポルシェで通学したということです。

筆者の高校時代、ポルシェで通勤する先生がおりました。
当時は車に興味がなく、ポルシェの値段を知りませんでした。

自分車を購入する段になって、
初めてその値段に驚いたものです。


村上世彰さんは、1983年卒業し、当時の通商産業省へ入省します。

歯に衣着せぬ物言いで左遷され、
南アフリカの在南アフリカ日本大使館一等書記官へ
赴任させられたということです。

南アフリカ ヨハネスブルグ 出典 https://ja.wikipedia.org/wiki/ヨハネスブルグ

なおトヨタでは1962年から早くも南アフリカで工場を操業しています。
現在でも、アフリカの一大拠点となっています。
当時からアフリカ随一の工業国でした。

村上世彰さんの役人時代は、多くの上場企業の役員と面談しました。
有価証券報告書をよみ、経営状況を把握して
話し合ったそうです。

しかし、企業の役員が財務状況を理解していないことが多く、
日本はこのままでは世界競争に負けるにではないか?
と危惧を抱いたそうです。

株主が、企業経営を外からの視点・力で監視・改善する、
「コーポレートガバナンス」が重要だと考えました。

村上世彰さんの現在の活躍の元となったセンスが、
こうして磨かれていきました。

3.村上ファンドの設立

40歳を前にして、1999年に通商産業省を退官し、
M&Aコンサルティングを設立します。

系列会社を含めたいわゆる「村上ファンド」です。

目的は株式取得により、自ら影響力を行使し
企業経営をより効率化し、株主の要望に即したものさせることです。

2002年 アパレル会社の東京スタイルの株式を9.3パーセント取得
2003年 ニッポン放送株7パーセントを取得
2004年 ニッポンフエルトの株21.7パーセントを取得
・・など快進撃が続きます。

村上世彰さんは、
「モノをいう株主」として名をはせました。

経営側からすると戦々恐々だったでしょう。

4.村上ファンド事件とその後の活躍

2006年、ライブドアのニッポン放送の大量の株取得において
村上世彰さんがインサイダー取引の容疑で逮捕されました。

村上ファンド事件です。

村上世彰さんは逮捕の当日、
証券法違反の構成要件に当たると認めました。
「プロ中のプロとしてお詫びしたい」と謝罪しました。

その後は無罪を主張し続けましたが、
2011年6月最高裁で、
懲役2年・執行猶予3年・罰金300万円・追徴金約11億4900万の
有罪判決が確定しました。

追徴金の額は史上最高です。

村上世彰さんは起訴されたころから
拠点をシンガポールへ移します。

自らの活動を、非営利団体(NPO)の運営支援にも広げていくことになります。

NPOが如何にして継続的に資金を調達し、運営出来るか、
仕組み作りのアドバイザーとなったのです。

2011年の東日本大震災では
現地へ物資の支援、運搬のサポートなど、
支援活動を行いました。

2013年ころからは、個人投資家として
株式投資を再開しています。

2018年には出光株を1パーセント取得し、
出光の経営陣と接触、
創業者一族と経営陣の橋渡し役になりました。
これにより、
出光興産と昭和シェル石油の経営統合が加速しました。

まとめ

子供がお金の勉強をするのはいいことだと思ってます。大人になったら、誰もがいきていくためにお金と向き合う必要が出てくるのだから、お金の勉強をするのに早すぎるということはない。むしろできるだけ早いうちからお金について考える習慣をつければ、「しなくていい苦労」が減るはずです。

引用 Twitter 3:25 PM – 4 Jan 2019

村上世彰さんはTwitterでこう語っています。

現在、彼はシンガポールから年数回帰国する際、
全国の小中、高校でお金の講演をしています。

また、「おカネは汚いものでもなんでもなく
夢を実現するための道具なんだ」とも
語っています。

お金は自由を手にれる翼になりますので、
筆者も勉強、実践したいと思います。

村上世彰さんの現在の活動は、
これからの日本を背負う人材に、
「お金に対する柔軟な考え方」、「世間に役立てる使い方」を
伝えていこうという気概が感じられます。

これからも村上世彰さんの活躍に注目したいと思います。

読んでいただきましてありがとうございました。

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