中村梅雀(歌舞伎役者・ベーシスト)のプロフィールとジャコ・パストリアスのベース

豊川悦司原作「夫婦漫才」で
大地真央さんと舞台共演する中村梅雀さん。

本業の歌舞伎役者に加え、凄腕のベーシストとしても
知られています。

還暦を過ぎてなお、休みのないスケジュール。
歌舞伎、俳優の仕事の合間に、年数回のライブ活動。
エネルギッシュな活動は本当に見習たいところです。

この記事では中村梅雀さんの
「ベース人生」についてまとめました。

目次

  1. 中村梅雀(歌舞伎役者・ベーシスト)のプロフィール
  2. ベーシストとしての中村梅雀
  3. 中村梅雀とジャコ・パストリアスのベースの怪綺談

1.中村梅雀(歌舞伎役者・ベーシスト)のプロフィール

出典 中村梅雀オフィシャルブログ

名前 中村 梅雀(なかむら ばいじゃく)
本名 三井 進一(みつい しんいち)
生年月日 1955年12月12日
出身 東京都武蔵野市
屋号 成駒屋

中村梅雀さんは1955年、四代目中村梅之助の長男として生まれました。
1965年、9歳で「勧進帳」の太刀持ち役で初舞台を踏みました。
中村まなぶと名乗りました。

その後、桐朋学園短期大学演劇専攻を卒業、
劇団前進座に入りました。

1980年の前進座創立50周年記念公演を機会に
二代目「中村梅雀」を襲名しました。

歌舞伎、演劇、映画、ドラマで幅広く活躍されています。
「釣りバカ日誌」の草森秘書室長や
「信濃のコロンボ事件ファイル」がはまり役でしたね。
大河ドラマ「おんな城主・直虎」ではナレーションを務めました。

2006年には、25歳年下の前進座女優、
瀬川寿子さんと再婚しています。

この年齢差での結婚は、
如何に中村梅雀さんが魅力的なのかを
物語っていると思います。

2.ベーシストとしての中村梅雀

出典 中村梅雀オフィシャルブログ

中村梅雀さんは、ベーシストとしても活躍されています。

母親はクラシックのピアニストであり、
小さいときから、母の弾くピアノとクラシック音楽に親しみました。

ところが、どうしても「低音」が気になって仕方なかったそうです。

ベースの音が気になる。

歌舞伎の家系であり、
三味線の手ほどきは受けていました。

中村梅雀さんは早速三味線で
ベースラインを練習します。

それなりにはなぞることが出来るのですが、、
やはり、三味線では低音が足りない。

友達からも「すごいね。でも三味線だとカッコ悪い。」
と言われてしまいます。

そこで、母に猛烈に頼み込み、
12歳のとき、ようやく念願のベースを買ってもらうことが出来ました。
中学生でバンド活動を始めました。

若いころは、暇さえあれば何時間でも
ベースを弾いていたそうです。


中村梅雀さんによると、
ベースの魅力は「ブーンという低音と振動」だそうです。

中村梅雀さんはビートルズとビージーズが
お気に入りだったそうです。

筆者もビートルズが大好きですが、
有名曲ではcome togetherの
「ボーン」と響くところがツボですね。

「演劇が無くても音楽さえあれば生きて行ける」
というくらい音楽を愛している中村梅雀さん。

松原正樹さん、安田裕美さんとフュージョンバンドを組み、
2008年には、初のリーダー作「Bright Fortune」をリリースしています。

役者とベーシストを多忙な中、
両立させているのは、本当に羨ましくもあり、
感心するばかりです。

3.中村梅雀とジャコ・パストリアスのベースの怪綺談

中村梅雀さんはベースのコレクターとしても知られています。

ある時、中村梅雀さんにメールが届きました。
サラリーマンの方からでした。

・・・アメリカで、ジャコ・パストリアスが使用したベースを購入した。
けれども、ベースから受けるプレッシャーに耐えきれず手放したい・・

・・ジャコのことを大好きで、
このベースを人前で弾く人に持ってもらいたい。・・
とのこと。

ジャコ・パストリアスはベーシストの神様です。

出典 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/62/Jaco_pastorius_87.jpg

中村梅雀さんは喉から手が出るほど
欲しかったのですが、
もちろん相応の代金を支払わねばなりません。
当時、一介の劇団員であり、経済的余裕がありませんでした。
申し出を断りました。

その後も何度もメールは来ます。
しかし買うという決断ができませんでした。
「本物」かどうかを、まだ疑っていました。

とうとうそのベースは、店に売却されてしまいました。

中村梅雀さんは、店のウェブサイトで
そのベースが「本物」であることが
間違いないと知ります。

購入を決心しました。
コレクションのベースを売却し元手にして、
ジャコのベースを手に入れました。

その感動を中村梅雀さんはインタビューで語っています。

それはそれは運命的な出会いだった。
夢のまた夢
それが実現してしまった
雑誌やCDのブックレットの写真でしか見た事の無い
全世界のベーシストの神様、ジャコ・パストリアスが所有していた’60年製Fender Black Jazz Bass。
あの一番有名な’62年製フレットレスJazz Bass を生み出す母体となり
当時、妻トレーシーの出産費用を捻出する為に売られたベース。
巡り巡って日本に存在していた。
お店への入荷情報を知った翌日、ドラマ撮影の本番のわずかな合間を縫って
お店に試奏に行く事が出来るまでの流れ
そして私が結果的に一番乗りになった巡り合わせは
奇跡的としか言い様が無かった。
そして今、私のもとにあるのだ。
入魂の思いが叶った。
これからこのベースは一生大切に使っていきます。
色々な場面で弾いていきたいと思います。
ジャコを愛する人間として
大切に守っていきます。
このベースの素晴らしさを伝える為には
もっと腕を磨かなくては

引用元 https://www.j-wave.co.jp/blog/news/2017/11/post-4519.html

如何にジャコ・パストリアスとベースを愛して止まないか
伝わってきます。

購入後、ジャコのベースをライブでは使用しませんでした。
それはそうですね。
第一級のコレクションですから。


しかし、怪奇現象が起こり始めます。
ベースのことやライブのことを考えると、
自宅の浴室のライトが点滅!するようになったのです。

奥さんが、お風呂に入っていた時
中村梅雀さんはは2階で、ジャコの物ではない
ベースを弾いていました。

奥さんがお風呂から上がりました。
「今、ジャコじゃないベース弾いてたでしょ?
お風呂すごかったよ? ライトが点滅しちゃって。」
との報告。

この出来事により、中村梅雀さんは
「これはジャコが弾け!といっているのだ。」と感じ
ライブでも用いるようになりました。

面白いエピソードです。
ジャコ・パストリアスのベースへの熱意と
中村梅雀さんのベース愛が共鳴したのでしょうか。

サラリーマンの方が手放したのも
本当に「プレッシャー」を感じたからなのでしょう。

一つの物事を極めるのは
「やはり夢中になる」ことが大切です。

その熱い思いが、
必要なものを引き寄せてくれるのだと
思いました。

筆者は、何でも良いから、人生のベースになるものを
継続していきたいと、改めて思いました。

以上中村梅雀さんとベース愛についてまとめました。
読んでいただきましてありがとうございました。